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ウエディングブログ

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ウエディングプランや、新作ドレス、料理等々、ブランシュネージュからお届けする情報満載です。

2010.06.27
魔法のドレス


 私の小さな頃、

 『将来の夢は何ですか 』と聞かれた時に

 『お嫁さん』と答えた記憶が今でもあります

 
 
 私の、小学校1年生になった娘のお絵かきを見ていると、

 いつも服装はピンクや黄色のフリフリのドレスに

 指輪やネックレス...と

 『大きくなったらコレ着るんだ~』と言いながらニコニコしながら絵を描く姿を見ます。

 私のゼクシィを持って来て、

 『うわぁ~綺麗 ママ、これちょ~だい』と言って

 気に入ったドレスのページをビリビリ破いて

 自分のノートに切って貼って遊んでいる事もあります。

 そんな娘の姿を見ると 

 ここに衣装合わせに来て『どれにしようかなぁ~』と衣裳を選んで試着している

 お嫁さん達の楽しそうな姿が頭に浮かびました

 この笑顔や楽しそうな姿は『1年生の娘=お嫁さん』も共通なんだぁ~と

 思った私... 

 ドレスには人を幸せな気持ちにさせてくれる

 魔法の力があるんだなぁ~って思った

 今日この頃でした...

 
 
 
 
 
 

 

 
 



 あの頃の『お嫁さん』と言う答えは
 

2010.06.23
ドレス


 こんにちは

  雨が降りそうで、降らない

 深川です

 今日はなんとな~く

 私の机から見える風景を1枚

 
 
  なんとな~く撮ってみました

 衣裳を見ると癒される事がよくあります

 来月には新作ドレスが入荷になり

 また、私の机の前は色鮮やかになります

 衣裳届き次第、写真upしますね

 ちなみに...

 ブランシュネージュに0円プランには

 これから入荷になるドレスを含めて

 1着はプランに含まれています

 しかも

 今だけ

 オープン2周年記念として

 もう1着

 ドレスを  プレゼント しちゃいます  

 ドレス2着にタキシード1着

 ケーキにお花に...

 ブランシュネージュのウエディングプランは必要なアイテムが全て入っている

 自身満々自慢の出来るウエディングプランです

  こんばんは

 今更ですが、 2010 FIFA ワールドカップ  盛り上がっていますね

 私は...と言うと、
 
  サッカーには余り興味がなく

 初戦のカメルーン戦もリアルタイムで  TV観戦をする訳でもなく

  朝起きて

 『あ~、勝ったんだぁ~』 みたいな感じでして

   TVでは 『本田、本田』と

 どのチャンネルを回しても、

 『本田、本田』

 ん

 『本田がどうした

 そんな、私でした...

 そんなんで、その日1日は、会う人とのサッカー会話もついていけず

 『ふ~ん、そうだったんだぁ~』と

 全く、話についていけない1日でした... 

 明後日は、11月式予定のユキちゃんが来店するので

  その時に、  サッカーの話になってもついていけるように

  明日のオランダ戦は、 み~よおっ

 

2010.06.16
じゃがッキー


 今日、一緒に働くSTAFFから「北海道チーズじゃがッキー」を頂きましたぁ~

  
 
 前に、チーズ味じゃない方の「じゃがッキー」を食べた私の感想としては...
 こっちの方は、チーズ味と言うだけあって ちょっと、しょっぱっかたです
 でも、美味しくて『もう1枚...」と手を伸ばしたい所でしたが、
 ダイエット中の私は1枚食べて、また明日...と自分に言い聞かせ我慢しました

 甘いものを食べた後に、しょっぱい物を食べたくなる私としては、
 チーズ味を食べた後に、普通の味の「じゃがッキー」を食べたい

 そう思いながら、今日は食べられない「じゃがッキー」達を眺めています
 

 
 


 6月ですね 
 
 でも6月なのに寒い 

 今年の気候はど~なっているのでしょう 

 こんな寒い6月ですが

 ブライダル業界は  熱い6月です 

 なぜ6月の結婚式を希望するお客様が多いのか... 

 それは
 
  ジューン ・ ブライド 

 直訳すると「6月の花嫁」という意味で

 ヨーロッパでは「6月の花嫁は幸せになれる」と言れています

 ジューン ・ ブライド の言われはいくつかありますが

 代表的な説として

 6月... つまり「June」と言う月名が

 ローマ神話の結婚を司る女神「Juno」から来ているため

 婚姻と女性の権利を守護するこの女神の月に結婚すれば
 
 きっと花嫁は幸せになれるだろう... と、言う説があります

 その言い伝えが日本にも伝わり

 6月に結婚を望む女性が増えたと言われています

 日本は梅雨でお天気が優れない日が多いですが

 それでも6月の結婚式は花嫁の憧れです
 
 
 
 



 

 

 


 

少し肌寒いですがようやく春がやってきた感じですね
ブランシュネージュでも今年は季節を感じられるようなメニュー作りをしていきます!
 さて、GWは特別メニューとしてゆっくり寛いで頂けるように普段のセットメニューにプチオードブルを付けた
コース形式のセットメニューを提供いたします追加のメニューとGW 特別デセールも加えて御待ちしています!
 3日~5日限定のお持ち帰り特製オードブルも4人用6000円で予約受付中です。(要予約)
皆様のご来店御待ちしております

5月9日() ブライダルフェア 成人・卒業衣裳展示会開催!

ご来場者全員に 当店自慢のプリンとドリンクをサービス

お友達・ご家族皆さんで 是非遊びに来てね

成人衣裳も60点  卒業衣裳も40点 揃えて

お待ちしてま~す・・・・・いっぱい試着してね

7・いつか来るチャンスのために
 
 「バカヤロー!こんなソースはフランス料理ではない。日本料理だ。何やってんだオマエは!」。
毎日のように、こんな罵声が私に襲いかかってくる。憧れのソース部に入って半年近く。来る日も来る日も先輩たちが作ったソースを漉したり、ブイヨン(だし汁)の下準備の用意などであっという間に単調な毎日が過ぎていった。しかし、私は若い料理人が嫌がるそんな仕事を、決して投げやりには扱わなかった。むしろ、自ら率先してその作業を真剣に繰り返していった。そして、いつしかブイヨンの香りや色、つや、野菜の煮上がり具合、骨の砕け方を見極めて、ソースの状態が分かるようになり始めていた。
 実力のある者が上に立つ。年上であろうと、仕事の出来ない者はぞんざいに扱われ、いつまでも良いポストにつけない。それがフランスの料理界だ。年功序列を重んじる日本社会に納得のいかない気持ちもあって渡仏した私だったが、想像以上に凄まじい実力主義の現状に、最初は、ただただ圧倒されるばかりだった。
 これは、どんな職業についても言えることだが、毎日同じ仕事をただ漫然と繰り返しているだけでは、進歩や成果が得られないままに、月日は過ぎていく。しかし、自分の実力を発揮し、他人よりも少しでも秀でたいという思いがあれば、積極性を持って仕事に取り組む姿勢が何よりも必要だ。しかも、それが好きな仕事であれば、多少の困難をものともせず、情熱を傾けることができる。まさに、私はそういう状況の中にいた。        
 私は、この下積み期間が、ある日突然やって来るかも知れないチャンスに応えるための準備訓練だと自分自身に言い聞かせていた。チャンスを与えられた時に、自分がどれ程のレベルの人間でいるかによって、その人の将来は大きく左右される。せっかくチャンスを与えられとしても、それを的確に判断し、行動できるレベルの人間に成長していなければ、チャンスはおのずと遠ざかってしまうだろう。人の人生を変えてしまうほどのビッグチャンスは、誰にでも一生の内に1度や2度は必ず訪れるものだと思う。私は渡仏して以来、いつ来るか分からないそのチャンスの到来を待ちながら、屈辱に耐えて「負けるもんか!」と必死に頑張ってきた。

6・飛躍か挫折か?

 

 ナントのホテル「フランテル」を皮切りにスタートした料理人としての私の修行人生。フランス料理界で腕を磨き名を高めていくためには、料理長の推薦を得て、2~3年ごとに働き先を変え、修行を積むのが普通である。

渡仏から5年後、私に大きなチャンスが巡ってきた。1979年度のフランス国家最優秀料理人、フランシス・トワソリエ氏に師事できることになったのだ。しかし、「料理界の暴れん坊」との異名を持つ彼の下では、決して失敗は許されない。

 「やめた方がいい」。30代後半でフランス料理人として最高の栄誉を手にしたトワソリエ氏に師事することになった私に、先輩の多くは反対した。が、私に迷いはなかった。渡仏以来、氏の噂はあちらこちらで耳にしていたが、実際どんな人物なのかは師事してみないと分からない。私は、チャンスが巡ってきたと思っていた。飛躍か、挫折か。私の料理人生の賭の扉が、今まさに開こうとしていた。

 そして迎えた初出勤の日。緊張感に包まれたまま、朝、8時15分にホテル到着。案内された4階のキッチンでは、既に若い料理人が仕事をしていた。「ボンジュール、ムッシュ」。笑顔で挨拶され、緊張が少し溶けた思いだった。しばらくすると、副料理長のアラン・ブリュネル氏が出勤してきた。「セガワさんですね、お話は聞いております」。ちなみに、彼は、後にエリザベス女王御用達のレストラン「ウストー・ド・ヴォーマニエール」の総料理長に抜擢されることになる人物である。それから1時間半程して、ようやくトワソリエ氏が姿を見せた。「なんて鋭い眼光なのだろう・・」。これが氏に対する第一印象だった。年齢の割に多い白髪が、迫力を増大させている。フランス人としては決して体が大きい方ではないが、全身からみなぎる強烈なパワーに私は圧倒されそうだった。

 私の配属先は、「ギャル・ド・マンジェ(コールセクション)」。ここは、肉・魚・野菜などの下処理や全てのオードヴルを調理する部署だ。仕事量が一番多く、毎日の仕込みに追われるが、それだけに学ぶこともたくさんある。スタッフは10名。指揮をとるのは、やがて私の大親友となるマリオ・ヴィーノ氏。彼は、後にリオン市にあるプロのための真空調理専門学校でジョージュ・プラリュー氏の右腕となり、世界に真空調理法を広めた立役者の一人になった。

 初日のサービスが始まった。ワクワクしながら、ギャルソン(ボーイ)からのオーダーを待つ。オーダーの読み上げと、料理を出す前の最終チェックは、副料理長の担当だ。彼の一声で各部署が一斉に動きだした。先程まで静寂を装っていたキッチンも、料理人たちの熱気と活気に満ちあふれ、戦場のような凄まじさだ。トワソリエ氏の下に志願してきたスタッフたちは、フランス各地の名のあるホテルやレストランで修行してきた強者ばかりである。どんな部署にいようと、皆、真剣なまなざしで一皿一皿に情熱と誇りを込めて自分の仕事に取り組んでいる。これが、プロフェッショナルなプライドなのか。私は、改めてフランス料理の奥深い伝統と歴史を感じた。

 ここで、私はプロの料理人の本当の厳しさを初めて知ることになった。パーフェクトを追求する気迫の人トワソリエ氏に師事しながら、スキあらば自分をアピールして上を狙おうという、覇気に満ちた料理人たち。同僚に同情している余裕など微塵もない。蹴落とすか蹴落とされるか。蹴落とされた者は、自分の力で這い上がるしかない。そんな様子を目の当たりにして、私は気を引き締めていった。まさに、ここは選ばれたプロたちが一流の味を追求し、一流のサービスをお客様に提供する場なのである。

 そして、3か月後、私はソース部へ大抜擢された。ソース部は、すべての料理を調理し、ソースを仕上げていく重要なセクションで、いわば、キッチンの花形。誰もがここで働くことを夢見ながら、日々努力しているのである。もちろん私も例外ではなく、大抜擢に天にも上る気持ちだった。その喜びようは、傍目からみても相当なものだっただろう。しかし、ここからが私の本当の意味での試練の幕開けだった。

5・仏語の猛勉強
                                                           
 トーマス一家が私のために開いてくれたお別れパーティ。私は結局観光ビザで滞在できる3か月をトーマス家で過ごしたのだが、この間に知り合った人達が大勢集まってくれた。その気持ちは、私の心に染み入るようにうれしかったが、どんな慰めの言葉もその時の私には虚しく聞こえた。そんな中、「パパなら、滞在許可証をなんとかできるかもしれないわ」。一人のレディが私に声を掛けた。しかし、これまでトーマス夫妻をはじめ、多くの人が私の滞在許可証取得のために尽力してくれたが、良い返事は得られなかったのだ。せっかくの彼女の言葉にも期待が持てず、私はただ、漠然とうなずくだけだった。
 それから3日後、帰国の準備をすっかり整えた私のもとに、ナントの市役所から突然電話が入った。電話に出たマダム・トーマスの口から「カルト・ドゥ・セジュール(滞在許可証)」の言葉が!マダムの声が次第に大きくなり、顔が紅潮してくるのが分かる。潤んだ目で電話を終えたマダムは「良かった、良かった」とまるで自分の息子のように私を抱きしめてくれた。土壇場の逆転勝利だ。 
 劇的に滞在許可証を取得することができた私は、トーマス夫妻の奔走によって、ナントの四つ星ホテル「フランテル」に就職することになった。運命的な出会いをいくつも重ねて、ついに料理人としての第一歩を踏み出し、夢の階段を上り始めるのだ。私は有頂天になっていた。「フランテル」で料理の総指揮をとっていたのは、後にレストラン「ポール・ボーキューズ」の料理長となる、ムッシュ・ジャン・ルーという名のフランス人。「フランス国家最優秀料理人賞(M.O.F)」を受賞している素晴らしいグランシェフだ。
 待ちに待った初出勤の日。高鳴る胸を抑えてホテルの門をくぐった。「ボンジュール、君が日本からフランス料理を学びに来た、セガワさんですか」とジャン・ルー氏は右手を差し出しながら言った。とても優しいジェントルマンだ。私は、ほっとした。私はオードヴル・サラダ部へ配属された。何もかもが珍しく、野菜を洗ったり、ちぎったりする単調な作業の繰り返しも、全く苦にはならなかった。しかし、そんな楽しい日々は長くは続かなかった。2か月を過ぎたころから同僚の失敗を私の責任にされるようなことが度々起きるようになったのだ。悔しいけれど、私は反論できるほどの語学力がなく、自分の言いたいことを相手に伝えることができなかった。
 屈辱的な日々に、眠れぬ夜。仕事を終え、アパートに帰ると、たまらない孤独感と絶望感に襲われた。そんな日がどれ程続いただろう。しかし、落ち込むだけ落ち込んだら、今度は、持ち前の負けん気が戻ってきた。「このままでは、だめだ」。そのころから、私は死に物狂いでフランス語の猛勉強を始めた。腰に赤と黒のマジックペンを下げ、聞いた言葉を書いていくことにした。しかし、厨房の中では手を止めてメモをとることができない。そこで冷蔵・冷凍室の整理を率先して引き受けるようにし、食材が入った段ボール箱に、耳にしたフランス語を片っ端からカタカナで書き留めていった。仕事が終わると、それをノートに書き写して家で意味を調べる。スペルが正確ではないので、一晩中かけても分からない言葉も多かった。ホテルの同僚に聞くと馬鹿にされるのは目に見えている。私は、メモを持って行きつけのカフェに行き、そこのギャルソン(ボーイ)にスペルや言葉の意味を教えてもらった。
 必死で言葉と格闘する毎日を半年余り続けただろうか。この間の私は、料理よりもフランス語の修得に力を注いでいたように思う。しかし、その甲斐があって、少しずつ言いたいことがフランス語で話せるようになり、かつてのようなトラブルもなくなった。この経験から、言葉というのは生活に必然性がなければなかなか覚えられないことを実感した。ここでは、人に頼ることはできない。何事も自分自身で解決していかねばならないことを肝に命じた。
 ある日、料理長が冷凍室の段ボールに書かれた文字を見て、私がここで勉強していたことを知り、私の努力を認めてくれた。それからが私の本当の料理修行のスタートだった。とにかく一流になるためには、人の何倍も努力するぞと、神経を張りつめて仕事に立ち向かった。

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